VII-2. ヴェルサイユ条約

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1919年6月,ドイツに対する条約が調印された。ドイツはすべての海外植民地を失い,をフランスに返還し,バルト海への出口としてポーランドへ西プロイセン(ポーランド回廊)を割譲したためドイツは東西に分離された。また,との合併が禁止され,徴兵制禁止や潜水艦・軍用機の保有禁止などのと,ライン川両岸地域であるの非武装化,巨額の賠償金支払い(21年に1320億金マルクに決定)を課せられた。調印が1871年にドイツ帝国成立宣言が行われたヴェルサイユ宮殿「」でなされたことに象徴されるように,フランスによる復讐だとみられ,講和会議にドイツの代表の出席も認めない一方的な断罪だったため,ドイツ国内に大きな反発と不満を呼び起こした。
check_icon6(1)ドイツが保有していたアフリカの植民地はイギリスとフランスが獲得し,ドイツ領南洋諸島は赤道以北を日本が,赤道以南をオーストラリアが国際連盟からの委託を受けてすることなった。(2)ドイツとフランスの地帯にある炭田地方は15年間国際連盟が管理したのち,住民投票で帰属を決定するとされ,35年の住民投票でドイツに編入された。注意:[ 5 ]にあるルール地帯と[ 8 ]を混同しないように!!