X-39. 中央アジア(トルキスタン)を支配したイスラーム王朝

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875年,人イスラーム王朝である朝がアッバース朝から独立した。[ 2 ]朝は西トルキスタンから東部イランを支配し,この地域に居住するトルコ人のイスラームへの改宗が進んだ。999年に[ 2 ]朝を倒した人の朝は,東西トルキスタンを支配し,[ 3 ]人のイスラーム化を促進した。1038年に中央アジアのシル川下流域でトルコ人のによって創建された朝は,1055年にバグダードに進出して西アジア一帯を支配した。1077年,[ 6 ]朝の[ 3 ]人マムルークがアム川下流域に建設した朝は,[ 6 ]朝を破ってイラン・アフガニスタンを支配したが,チンギス=ハンに攻略されて滅んだ。遼滅亡後,遼の王族が12世紀前半にを建設したが,これはイスラーム王朝ではない。13世紀前半に建設されて東西トルキスタンを支配したモンゴルの国は,14世紀にイスラーム化した。
check_icon6(1)[ 2 ]朝が建国された875年に中国では黄巣の乱が勃発した。(2)[ 6 ]朝が建国された1038年に中国西北で西夏が成立した。(3)[ 7 ]朝が建国された1077年に西ヨーロッパではカノッサの屈辱が起きた。(4)[ 4 ]朝は11世紀半ばに東西に分裂し,東トルキスタンの政権は[ 9 ]に,西トルキスタンの政権は[ 7 ]朝に滅ぼされた。