X-33. イスラーム帝国の分裂
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750年に[ 1. ]朝が建国されると,ウマイヤ朝の一族が[ 2. ]半島に逃れ,756年に[ 3. ]を首都とする[ 4. ]朝を建てた。[ 4 ]朝は[ 1 ]朝カリフの権威は尊重した。一方,10世紀に過激シーア派のイスマーイール派がチュニジアで[ 5. ]朝を建てた。[ 5 ]朝は[ 1 ]朝カリフの権威を否定し,カリフを称し,エジプトを征服したのち首都[ 6. ]を建設した。[ 5 ]朝がカリフを名乗ったのに対し,[ 4 ]朝の最盛期を築いたアブド=アッラフマーン3世が929年にカリフを称し,イスラーム世界には3人のカリフが並び立つ分裂状態となった。
[ 5 ]とは,ムハンマドの娘で,第4代正統カリフの[ 7. ]の妻である。シーア派では[ 7 ]を初代イマーム(最高指導者)とし,第2代ハサン,第3代フサインの母が[ 5 ]である。