X-31. アラブ帝国からイスラーム帝国へ

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661年に成立した朝では,征服地の先住民にだけ人頭税()と地租()が課せられ,彼らがイスラーム教に改宗しても免除されなかった。聖典『』にはすべての信者は平等であると説かれているため,異民族のイスラーム教徒であるは不満を抱いた。ムハンマドの叔父の子孫は,[ 1 ]朝に不満を抱く派と[ 5 ]を利用し,[ 1 ]朝を倒して年に[ 6 ]朝を建てた。[ 6 ]朝では,[ 5 ]には人頭税([ 2 ])は課せられず,アラブ人でも征服地に土地を持つ場合には地租([ 3 ])が課せられ,税制面における民族間の差別は一応なくなった。公用語は依然として語であったが,イラン人を中心とする[ 5 ]も積極的に登用し,官僚制度が整えられて中央集権化が進んだ。アラブ人が特権を持っていた[ 1 ]朝を,イスラームのもとでの平等を原則とする[ 6 ]をと呼ぶ。
check_icon6(1)[ 6 ]朝は,建国後,[ 7 ]派を弾圧した。(2)751年にアッバース朝が唐を破ったの戦いでがイスラーム世界に伝来した。