X-22. ササン朝の文化
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ササン朝では,[ 1. ]教が国教とされ,経典『[ 2. ]』が編纂された。ササン朝は諸民族の宗教には寛容であったため,仏教徒やキリスト教徒,ユダヤ教徒が多数いた。3世紀に[ 3. ]が,[ 1 ]教・仏教・キリスト教を融合して,[ 3 ]教を創始した。[ 3 ]教はササン朝では異端として弾圧されたが,ローマ帝国や中央アジア・中国に広まった。ササン朝では,精巧なガラス器・銀器・織物などの工芸が発展し,ササン朝美術と呼ばれる。それは,西方ではビザンツ帝国を経て地中海地方へ,東方では中国を経て日本にまで伝えられた。法隆寺の[ 4. ]や[ 5. ]の漆胡瓶(しっこへい)などにササン朝美術の影響が見られる。
[ 3 ]教については,次の3つを覚えておこう!!(1)教父[ 6. ]は[ 3 ]教から回心した。(2)南フランスに広まったカタリ派系の異端で,フランス王[ 7. ]に討伐された[ 8. ]派は[ 3 ]教の影響を受けている。(3)ソグド商人の影響でトルコ系騎馬遊牧民[ 9. ]は[ 3 ]教を信仰した。