XI-7. マウリヤ朝最盛期
0 / 7 件の答えを表示中
前317年頃に成立した[ 1. ]朝の最盛期を築いたのは,第3代[ 2. ]王であった。[ 2 ]王の時に[ 1 ]朝の領域は最大となり,南端部を除くほぼ全インドを支配した。[ 2 ]王は,インド東部にあったカリンガ国を征服する際の惨状を後悔し,仏教に帰依するようになった。[ 2 ]王は,武力による征服活動を放棄し,[ 3. ](法,社会倫理)による統治をめざし,各地に[ 3 ]を説いた詔勅を刻んだ磨崖碑や[ 4. ]を建てた。また,[ 5. ]や,[ 6. ](セイロン島)への布教を行った。しかし,[ 2 ]王死後,バラモンなどの非仏教勢力の反発と,国家財政の破綻によって衰退した。
(1)[ 5 ]は,ブッダの死直後に第1回が行われ,その約100年後に第2回が行われているため,[ 2 ]王のものは第3回である。(2)アショーカ王はブッダの遺骨(仏舎利)を納める[ 7. ](仏塔)を各地に建てた。