XI-27. インドネシア-海路を支配する仏教王国-

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マレー半島とスマトラ島にはさまれたマラッカ海峡が主要な交易ルートになると,7世紀半ばに港市国家群が連合してスマトラ島のを中心に,を建てた。[ 2 ]は,マラッカ海峡を管理し,マレー半島南部やジャワの一部も支配した。[ 2 ]はインドからを導入し,唐に朝貢使節を派遣した。唐の僧は帰国途上で[ 2 ]を訪れ,[ 1 ]で『』を著した。8世紀半ばに,ジャワ島中部に朝が生まれると,[ 2 ]と合邦し,強力な海軍力で東南アジアの海路を支配した。[ 6 ]朝は,ジャワ島中部のに[ 3 ]寺院を建設した。
check_icon66世紀までは,「海の道」はマレー半島を横断する陸路を途中で用いるルートが主要な交易ルートで,カンボジア南部にある扶南のはそのルート上に当たり繁栄していた。しかし,7世紀に交易ルートがマラッカ海峡ルートにかわると,扶南が衰退した。