XI-15. ムガル帝国の成立
0 / 10 件の答えを表示中
ティムールの子孫[ 1. ]は,デリー=スルタン朝最後の王朝[ 2. ]朝を[ 3. ]年のパーニーパットの戦いで破り,[ 4. ]帝国を建てた。中央集権的統治機構を整えて帝国の土台を築いたのは,第3代[ 5. ]である。全国の土地を測量して地税を徴収する制度を導入し,財政基盤が確立した。また,[ 6. ]制と呼ばれる官僚制度が整備され,官僚には官位に応じて俸禄が与えられ,それに応じた騎馬の数を維持させた。[ 5 ]はイスラーム教徒とヒンドゥー教徒の融合を図るため,自らヒンドゥー教のラージプートの王女と結婚し,非イスラーム教徒に課されていた[ 7. ](人頭税)を廃止した。また,[ 5 ]は[ 8. ]に遷都した。
(1)ヨーロッパでは,[ 3 ]年にモハーチの戦いでオスマン帝国の[ 9. ]がハンガリーを破った。(2)14世紀にデカン高原にヒンドゥー王国である[ 10. ]が建国され,南インドを支配した。だが,イスラーム勢力との抗争により17世紀に衰退した。