XI-13. ヴァルダナ朝とヒンドゥー諸王国
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606年に[ 1. ]がカナウジを都として[ 2. ]朝を建て北インドを統一したが,[ 1 ]の死後王国は崩壊した。[ 1 ]は,ヒンドゥー教・仏教を保護した。唐の僧[ 3. ]は,[ 1 ]の保護を受けながら[ 4. ]僧院で学び,帰国して『[ 5. ]』を著した。仏教は,諸王朝の保護を受けて僧院で教義の研究を進めたが,徐々に民衆の支持を失った。また6世紀頃から,ヒンドゥー教の神々への絶対的帰依を説く[ 6. ]運動が仏教やジャイナ教を攻撃したことで,インド社会では仏教は衰退した。[ 2 ]朝が滅亡したのち,8世紀から13世紀まで,北インド各地でヒンドゥー教の地方政権が分立した。諸王たちはクシャトリヤ身分の[ 7. ](「王の子」の意)と称したので,8世紀から13世紀までを[ 7 ]時代と呼ぶ。
[ 3 ]は往復とも陸路を用いた。往復とも海路を用いた[ 8. ]は,[ 1 ]死後の7世紀後半にインドを訪れ,シュリーヴィジャヤに立ち寄り,『[ 9. ]』を著した。