III-50. 神聖ローマ帝国の混乱
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イタリアを支配下に置こうとする[ 1. ]に熱中した[ 2. ]朝が13世紀半ばに断絶したのち,事実上皇帝が不在の[ 3. ]時代(1256(54)-73年)となり,政治的混乱は頂点に達した。[ 4. ]年にルクセンブルク朝の皇帝[ 5. ]が[ 6. ]を発布し,聖俗からなる7人の[ 7. ]による皇帝選挙を定めた。[ 7 ]には貨幣鋳造権などの特権が認められたが,この特権は他の諸侯にものちに拡大された結果,[ 8. ]と呼ばれる小国家が形成され,神聖ローマ帝国は分裂状態に陥った。1438年からは[ 9. ]家が皇帝位を事実上独占したが,帝国の統一には失敗した。
[ 7 ]の一つである[ 10. ]の所領はエルベ川以東のスラヴ人地域への東方植民によって成立した。15世紀にホーエンツォレルン家領となり,のちにプロイセン王国へと発展していく。