III-24. ローマ教皇権の絶頂期
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教会共同体からの除外を宣する[ 1. ]という手段で皇帝や国王に対して優位に立った教皇権は,12世紀末に選出された[ 2. ]のときに絶頂期を迎えた。彼は,イングランド王[ 3. ]を[ 1 ]して屈服させ,フランス王・神聖ローマ皇帝に対しても干渉し,「教皇権は太陽であり,皇帝権は月である」と主張した。また彼は,南フランスのカタリ派系の異端に対して[ 4. ]十字軍を行い,第[ 5. ]回十字軍を提唱した。さらに,1215年に開催した第4回ラテラノ公会議において,ユダヤ人への差別的扱いを決めた。
カタリ派は,ゾロアスター教をもとにキリスト教と仏教の要素を加えて3世紀にできた[ 6. ]教の影響を受けた異端。南フランスでアルビジョワ派と呼ばれた。第4回十字軍はインノケンティウス3世の意に反し,[ 7. ]を占領した。