III-20. 聖像崇拝論争
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偶像崇拝を厳禁するイスラームに対抗して,[ 1. ]年にビザンツ皇帝[ 2. ]が発布した[ 3. ]により,ローマ教会とコンスタンティノープル教会の対立と分裂が深まった。ゲルマン人への布教に聖像([ 4. ])を用いていたローマ教会は,聖像は偶像にはあたらないと主張し,聖像禁止令に反発した。この対立は,東西教会の分裂につながっていくこととなった。
聖像禁止令についてはその後も論争が続いたが,聖像禁止令はビザンツ帝国において843年に解除された。