VI-21. ヴィルヘルム2世の外交(1)
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ビスマルクが採用した1879年の保護貿易政策と第2次産業革命によってドイツは工業国としての力をつけた。1890年のビスマルク辞任後に親政を開始した皇帝[ 1. ]は「[ 2. ]」という積極的な対外膨張政策をとった。海軍拡張政策はイギリスとの建艦競争をまねき,それまで良好な協調関係にあったイギリスと対立するようになった。また,ビスマルク辞任とともに,ロシアとの[ 3. ]が更新されなかったことで,ロシアはフランスに接近することとなり,露仏同盟が生まれた。この結果,ビスマルク外交におけるフランス孤立化政策が崩壊した。
ドイツはオスマン帝国から[ 4. ]敷設権を獲得し,ベルリン・[ 5. ](イスタンブル)・[ 6. ]を結ぶ[ 7. ]と呼ばれる帝国主義政策をとったが,イギリスの[ 8. ]と対立した。