VI-20. ビスマルク外交(2)

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1881年にフランスがを保護国化したことに不満を持つイタリアをビスマルクが誘って,82年にドイツ・オーストリア・イタリアでが結ばれた。81年に復活したドイツ・オーストリア・ロシア間の新三帝同盟が87年に消滅すると,ビスマルクは同年ドイツ・ロシア間でを結び,フランスの孤立化を維持しようとした。
check_icon6[ 2 ]を結んだオーストリアとイタリアとの間には,「」の問題があり,第一次世界大戦が勃発すると,イタリアは[ 2 ]側ではなく,協商国側に立って参戦することとなった。