VI-19. ビスマルク外交(1)
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普仏戦争敗北以来,ドイツに対する復讐心に燃えていたフランスを警戒した帝国宰相ビスマルクは,フランスを孤立化させる外交を展開した。「[ 1. ]」をとり同盟関係を結ばないイギリスとは協調関係を維持し,また1873年にはドイツ・オーストリア・ロシアを結ぶ[ 2. ]を結成した。だが,[ 3. ]主義を利用してバルカン進出を図るロシアがオーストリアと対立するようになった。1878年,ロシア=トルコ(露土)戦争の講和[ 4. ]条約が結ばれると,イギリス・オーストリアが反発して[ 5. ]会議が開かれた。[ 5 ]会議はロシアの南下政策を挫折させ,その結果[ 2 ]は崩壊した。その後,81年に新[ 2 ]として復活するが,87年にロシアとオーストリアの対立が激化して消滅した。