VI-17. 帝国主義期のドイツの内政(2)

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ドイツの産業資本家はイギリス商品の流入を阻止するために保護貿易を,大農経営を行っていたはイギリスへ穀物を輸出するために自由貿易を求めていた。ところが,クリミア戦争敗北後にロシアが安値で穀物を輸出するようになると,安価なロシア穀物の流入を警戒した[ 1 ]が保護貿易を求めるようになった。そこで,ドイツ帝国宰相は,1879年にを制定した。これは,産業資本家と[ 1 ]の支持を固めるものであったことから,「鉄と穀物の同盟」といわれた。