IX-95. 倭寇と海禁
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宋・元代には海上貿易が発展し,明州(明以降は,[ 1. ])やマルコ=ポーロがキンザイと呼んだ[ 2. ]などの港市が栄えた。14世紀に入ると,東アジア一帯に動乱が広がった。中国では,元が衰退し,明が成立した。日本では14世紀に,鎌倉幕府が滅亡し,南北朝時代の混乱が続くと,交易を担っていた商人や武士団などが独自の行動をとるようになり,海上や沿岸で略奪行為を働くようになった。彼らは,[ 3. ](前期倭寇)と呼ばれ,朝鮮の[ 4. ]沿岸や,元末明初の内乱で混乱する中国沿岸を襲った。明を建国した[ 5. ]は,[ 3 ]を力で押さえ込むため,民間の海上交易そのものを禁止し([ 6. ]),対外関係を朝貢・[ 7. ]関係に限定した。そこで,室町幕府の将軍足利義満は日本国王に[ 7 ]された上で,[ 3 ]の取り締まりを条件に,朝貢貿易である[ 8. ]に参加した。ヨーロッパ人が世界各地に進出する[ 9. ]が始まると,16世紀に国際貿易がさかんとなった。明の周辺でも,[ 6 ]政策を破って貿易の利益を得ようとする動きが活発化し,中国人を主体とする私貿易商人たちが中国や朝鮮の沿岸都市を襲った([ 10. ])。明は従来の貿易統制政策をとることが出来ず,16世紀後半に[ 6 ]を緩和し,[ 3 ]の争乱はおさまった。