IX-94. 永楽帝
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第2代皇帝[ 1. ]が諸王勢力の削減を図ると,1399年に[ 2. ]の[ 3. ]が挙兵し([ 4. ]),南京を占領して1402年に帝位についた([ 5. ])。洪武帝が[ 6. ]を廃止したのに対して,[ 5 ]は皇帝の補佐機関として内閣を組織し,新たに[ 7. ]を設置して皇帝の顧問とした。1421年,首都を金陵(南京)から自らの根拠地であった[ 2 ]に移した。[ 5 ]は,積極的な対外政策を展開し,イスラーム教徒の[ 8. ]である[ 9. ]の大船団を東南アジア・インド洋に派遣して,朝貢を促した。また,[ 10. ]滅亡後のベトナムに出兵し,一時併合した。北方では,自らモンゴルに遠征を繰り返し,また女真人を従えた。[ 5 ]の命により,類書(百科事典)である『[ 11. ]』,四書の注釈書である『[ 12. ]』,五経の注釈書である『[ 13. ]』が編纂された。
小アジアでは,1402年に[ 14. ]でティムールが[ 15. ]を破った。