IX-8. 周の東遷
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周王室の内紛にともなって,都の[ 1. ]を異民族である犬戎(けんじゅう)に攻略された周は,[ 2. ]年に都を東方の[ 3. ](現在の洛陽)に移した(周の東遷)。これ以降を東周というが,周王室は衰え,[ 4. ]年の秦による統一まで諸侯が勢力争いを繰り広げる[ 5. ]・[ 6. ]時代が続いた。
古来より中国には,周辺の異民族に対し,[ 7. ]と呼ばれる優越感があった。[ 7 ]では,漢人(漢民族)が住む土地を中華・中国・中原と称し,文明地帯であると美化する一方,周辺の異民族が住む地を未開の地とみなして蔑視した。東に夷(い),西に戎(じゅう),南に蛮,北に狄(てき)と呼ばれる異民族が住むとされ,異民族を総称して[ 8. ]と呼んだ。異民族の名称に当てられる漢字には,けものへんや虫などの字が含まれているところに蔑視観が表れている。