IX-75. 宋代の文化-儒学-
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儒学では,それまでの経典の字句解釈を重んじる[ 1. ]にかわって,道教や仏教の影響を受けて,宇宙の原理や人間の本質などを議論する[ 2. ]が北宋の[ 3. ]によっておこされた。南宋の[ 4. ](朱子)によって大成されたので[ 5. ]ともいわれる。[ 5 ]の理論には,当時の政治状況が色濃く反映された。南宋は金に対して臣下の礼をとったが,これは中華思想(参照:IX-8)にもとづく漢人の自尊心を大いに傷つけたため,漢人の優位を強調する華夷の区別を論じ,また宋代に君主(皇帝)独裁体制が成立したことを背景に,君臣・父子の身分関係を正す[ 6. ]が唱えられた。また,[ 5 ]は経典として,五経に代わり,[ 7. ](『大学』『中庸』『論語』『孟子』)を重視した。その後,[ 5 ]は儒学の正統とされ,明・清や朝鮮,また日本の江戸幕府でも官学とされた。客観的な事物の理を追求する[ 5 ]に対して,南宋の[ 8. ](陸象山)は人間の心性を重視して,心をさぐれば理が見いだされる(心即理)と説き,彼の説は明代の[ 9. ]に継承された。