IX-72. 宋代における江南の発展
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長江下流域の江南の開発が本格化したのは,東晋の成立後,五胡十六国の混乱を避けて多くの人々が江南へ移り住んでからであった。遼や金の支配を逃れた人々が江南へと移住した結果,南宋の時代には中国経済の中心は,長安を中心とする華北から,東南の江蘇・浙江・福建などへと移動した。地主層である[ 1. ]は小作人である[ 2. ]を用いて干拓による水田造成を行った。低湿地では,堤防で囲み干拓する「[ 3. ]」などがつくられた。また,ベトナムのチャンパー原産の[ 4. ]という日照りに強い生長の早い稲も伝えられた。こうして,宋代には長江下流域の江蘇・浙江の地方が華北をしのぐ大穀倉地帯となり,「[ 5. ]」といわれるようになった。また,江南では[ 6. ]の栽培もさかんとなり,喫茶が普及し,[ 6 ]は宋において専売制とされたほか,重要な輸出品ともなった。
[ 3 ]は,「う田(漢字:土に于)」や「湖田」とも呼ばれた。