IX-71. 金との屈辱的講和

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南宋では,華北全土へと勢力を伸ばし,南宋を攻撃する金に対して,徹底抗戦を唱える主戦派と和平派が対立した。金が北宋を滅ぼしたで金に捕らわれ,のちに解放されて南宋の宰相となったは,金を後ろ盾として主戦派のを捕らえて獄死させ,1142年に金と講和を結んだ。この和議は,を境界とし,南宋が金の臣下となって多額の銀と大量の絹を歳貢として贈るという屈辱的なものであった。このため,[ 2 ]は姦臣(かんしん),売国奴という評価を受けている。
check_icon61142年の和議は紹興の和議というが,金と秦檜にかけて,「金(かね)でいい世になるか心配」と覚えておこう。