IX-70. 北宋の滅亡と南宋の建国
0 / 10 件の答えを表示中
モモンゴル系の[ 1. ]と[ 2. ]の西夏(大夏)の脅威にさらされてきた宋は,1115年に[ 1 ]から独立した[ 3. ]の金を利用しようと画策した。第8代皇帝[ 4. ]は,万里の長城以南の[ 5. ]を[ 1 ]から奪回するため,それまで[ 1 ]に払っていた歳幣を金に払うことを条件に金と同盟した。1125年に宋と金が挟撃し,[ 1 ]は滅んだ。しかし,宋が約束の歳幣額を払おうとしなかったため,金はさらに南下して首都[ 6. ](べん京:漢字:さんずいに卞)を占領し,譲位して上皇となった[ 4 ]や皇帝[ 7. ]らをとらえ,北方に連れ去った。1127年に宋王朝が滅亡したこの事件を[ 8. ](1126~27年)という。1127年,[ 7 ]の弟[ 9. ]は江南にのがれて帝位につき,[ 10. ]を都とする南宋を建てた。
[ 4 ]は文化事業を保護し,豪華な宮殿や庭園を造営し,自らは「桃鳩図」を描き,「風流天子」と称された。