IX-7. 西周
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前11世紀頃に殷を滅ぼした周(西周)は,都を[ 1. ](現在の西安付近)において華北を支配した。周王は一族・功臣や土着の有力首長に[ 2. ](領地)を与えて世襲の[ 3. ]に任じ,貢納と軍役を課した。周王や[ 3 ]は,[ 4. ]・[ 5. ]・[ 6. ]という世襲身分の家臣に領地を与え,農民を支配させた。このような[ 2 ]の分与による統治の仕方を[ 7. ]と呼ぶ。周の[ 7 ]制は血縁に基づく氏族的関係であり,一族(宗族)の秩序や祭祀の仕方を定めた[ 8. ]が作られた。
(1)孟子が唱えた王朝交代の理論を[ 9. ]という。それによると,王朝交替には二つの形式があり,平和的に政権を譲り受けることを禅譲といい,武力に訴えて奪うことを放伐という。殷から周への交替は放伐とされる。(2)西ヨーロッパ中世の封建制度は,個人間の双務的契約関係であり,周の封建制とは性格が異なる。