IX-55. 唐代の社会経済(1)
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人口100万を数える大都市であった首都の[ 1. ]には,中継商人としてイラン系の[ 2. ]人が往来し,また[ 3. ]朝が滅亡して多くのイラン人が移住してきた。その結果[ 1 ]は,国際色豊かな都市であり,エフェソス公会議(431年)で異端とされた[ 4. ]派キリスト教([ 5. ])や,[ 6. ](ゾロアスター教)・マニ教の寺院もつくられた。一方海上貿易において,アラブ・イラン系の[ 7. ]商人(イスラーム教徒の商人)が訪れ,長江の北岸にある[ 8. ]や広東省の[ 9. ]が発展した。[ 9 ]には海上貿易を担当した役所である[ 10. ]が初めて置かれた。