IX-51. 唐の動揺-武韋の禍-
0 / 4 件の答えを表示中
690年,第3代皇帝[ 1. ]の皇后であった[ 2. ]が帝位について,国号を[ 3. ]と改めた。科挙官僚を積極的に登用した[ 2 ]は,中国史上唯一の女帝である。[ 2 ]の老いに乗じて中宗が復位し,705年に唐が復活した。だが,その後も中宗の皇后韋后(いこう)が[ 2 ]をまねて政権を奪おうとするなど混乱が続いた(武韋の禍)。韋后を殺して混乱を収めた[ 4. ]は政治を引き締め,国政改革に努めた。
中国の王朝が著した正史においては,女性が建てた[ 3 ]を認めたくないため,「前唐」「[ 3 ]」「後唐」のように唐を分割することはない。