IX-21. 前漢武帝の対外政策
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漢の第7代[ 1. ]は北方の[ 2. ]に対する反撃を図り,同盟を結ぼうと中央アジアの[ 3. ]に[ 4. ]を派遣した。同盟を結ぶことはできなかったが,[ 4 ]の報告で[ 5. ]の事情がもたらされ,汗血馬を求めて[ 6. ]に出兵した。西北方面では[ 7. ]などの4郡を置き,南方では[ 8. ]を滅ぼして南海郡・日南郡など9郡を置いてベトナム中部まで支配した。東北では,[ 9. ]を滅ぼして[ 10. ]など4郡を置いた。
(1)[ 3 ]との同盟は成立しなかったが,その後[ 1 ]は[ 4 ]を烏孫(うそん)に派遣し,同盟を成立させ,[ 5 ]進出に成功した。(2)ベトナム中部にある日南郡は9郡のうち最も南にあるが,『後漢書』によると[ 11. ](マルクス=アウレリウス=アントニヌス)の使者が166年に到着した場所である。