IX-18. 秦の滅亡
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始皇帝による性急な統一政策や土木工事の負担に対し不満が高まった。始皇帝死後の前209年,中国史上初の農民反乱である[ 1. ]・[ 2. ]の乱がおきた。「王侯将相いずくんぞ種あらんや」という[ 1 ]の言葉は戦国時代以来の実力主義の風潮を表している。この反乱は鎮圧されたが,これが口火となって各地で反乱が起きた。その勢力のうち農民出身の[ 3. ]と楚の名門出身の[ 4. ]が相次いで秦の都[ 5. ]に入り,秦は統一から15年で滅んだ。その後,[ 3 ]が[ 4 ]を倒して[ 6. ]年に[ 7. ]王朝を建てた。
北アフリカでは,前202年に[ 8. ]の戦いで[ 9. ]がローマの[ 10. ]に敗れた。