IX-124. 明・清代のモンゴル高原

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840年にが崩壊したのち,13世紀にモンゴル帝国が登場するまでモンゴル高原を統一する勢力は現れなかった。北元が崩壊したのち,モンゴル系諸部族のうち,とモンゴル高原の支配者はかわった(参照:IX-92,IX-96)。1550年に北京を包囲した[ 3 ]のが黄帽派の(ラマ教)に帰依して以降,モンゴル人の間に[ 5 ]が広まった。明代に,モンゴルの部族が内モンゴルを支配したが,1635年に清の第2代に征服された。17~18世紀半ばに[ 2 ]の一部族が現在の新疆ウイグル自治区の北部を支配したが,18世紀半ばに清の第6代に滅ぼされた。