IX-121. 魏晋南北朝から唐代までのモンゴル高原
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匈奴が衰えたのち,2世紀半ばに[ 1. ]がモンゴル高原を支配したが,4世紀になると南下して華北に[ 2. ]を建てた。[ 1 ]にかわって,5世紀にモンゴル高原を支配した[ 3. ]は,6世紀にトルコ系の[ 4. ]に滅ぼされた。[ 4 ]は,ササン朝の[ 5. ]と同盟して中央アジアの[ 6. ]を滅ぼして中央アジアまで支配したが,内紛と隋の離間策によって東西に分裂した。中央アジアを支配した西[ 4 ]は,唐に敗れたのち滅亡した。モンゴル高原を支配した東[ 4 ]は,一時唐に服属したのち,独立したが,744年にトルコ系の[ 7. ]に滅ぼされた。[ 7 ]は[ 8. ]の乱で唐を支援したが,840年にトルコ系の[ 9. ]に敗れて滅んだ。
[ 4 ]文字は,騎馬遊牧民最古の文字とされる。