IX-100. 16~17世紀の東アジアの状況(2)
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日本と中国との間における日本銀と[ 1. ]の貿易は,16世紀から17世紀にかけて大きな利益をあげたため,中国人や日本人だけでなく,ポルトガル人やオランダ人などもその利益をめぐって争った。ポルトガル人は,1557年に明により居住が認められた[ 2. ]を,オランダ人は[ 3. ]を拠点とした。しかし,江戸幕府は諸大名への統制を強めるため,キリスト教を禁止し,日本人の海外渡航とポルトガル人の来航を禁止した。このような管理貿易体制はのちに「[ 4. ]」と呼ばれたが,その後も長崎では[ 5. ]や中国と,対馬(つしま)で朝鮮,琉球・薩摩経由で中国,松前でアイヌと交易を行った。一方,中国東北地方では,明の間接統治下にあったツングース系の[ 6. ]が16世紀末に[ 7. ]のもとで自立した。[ 7 ]は,[ 6 ]を統合し,1616年に[ 8. ]を建て,明に対抗した。
ポルトガルは,1887年に正式に[ 1 ]を領有したが,1999年に中国に返還した。