XII-53. 朝鮮をめぐる情勢(2)
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1876年の[ 1. ]により開国した朝鮮では,清との関係を重んじる事大党と,日本に接近して急進的な改革を図ろうとする[ 2. ](独立党)が優勢となった。1882年に開化政策に不満を抱く旧式軍隊が高宗の父[ 3. ]を擁立して反乱を起こす([ 4. ])と,清軍がこれを制圧し,清が後ろ盾となって[ 5. ]一族が優勢となった。[ 2 ]の中でも急進的な[ 6. ]は,1884年に日本の武力を借りて[ 5 ]政権を倒そうとした([ 7. ])が,清朝軍に鎮圧されて,朝鮮に対する清の影響力は強まった。朝鮮は,清を牽制するため,ロシアへの接近を図ったが成功せず,清によって派遣された袁世凱が大きな権限を振るった。
(1)[ 7 ]に際し,日清両国軍が朝鮮に派遣されたため,1885年に両国は[ 8. ]を結び,両国軍の撤兵と,将来出兵する際における事前通告などを約した。(2)[ 6 ]は福沢諭吉のもとで学び,福沢は[ 7 ]を支持していた。しかし,これが失敗に終わると福沢諭吉は,清や朝鮮との連帯は困難だと見なし,独力で西洋を目標として進むべきだとする「脱亜論」を説いた。