XII-47. 中華人民共和国の外政(3)-西側諸国への接近-

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1969年に中ソ国境紛争が発生して中ソ対立が激化すると中華人民共和国は西側への接近を図った。一方,戦争で苦境に立ったアメリカはキッシンジャー大統領補佐官を北京に派遣して中国への接近を図った(参照:VIII-19)。71年に中華人民共和国が中国のを獲得し,翌72年にアメリカ大統領が訪中して,米中の関係正常化に合意した。この米中の接近は日本に大きな衝撃を与え,同年田中角栄首相が訪中し,日中共同声明が発表された。声明により,日本は中華人民共和国が唯一の合法政府であることを認め,日中国交正常化がなされた。日本は台湾()と断行したが,経済や文化面での関係は現在でも維持されている。1978年,日本と中華人民共和国は72年の日中共同声明の原則を確認した上で,を締結した。アメリカは,政権のもと,1979年に中華人民共和国と正式に国交を樹立したが,台湾([ 4 ])と事実上の軍事同盟である台湾関係法を結んで,中華人民共和国による台湾への軍事侵攻を牽制している。