XII-46. 中華人民共和国の外政(2)-ソ連・インドとの関係-
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[ 1. ]年の[ 2. ]第一書記によるスターリン批判をきっかけに,中国共産党はソ連がとった西側との[ 3. ]路線を修正主義として批判し,[ 4. ](中ソ対立)が始まった。ソ連は中国への核兵器開発への技術援助を破棄し,60年に中ソ技術協定を破棄して技術者を中国から引き揚げた。62年に起きた[ 5. ]でソ連が譲歩し,63年に米・英・ソが[ 6. ]を締結すると,中国はソ連を批判して63年に[ 4 ]は公開論争となって対立は抜き差しならないものとなった。中国は1964年に核実験に成功したが,69年には中ソ国境の珍宝島(ダマンスキー島)で両国軍が武力衝突を起こした。一方,インドと中国の関係は50年代半ばは良好だった(参照:XII-45)が,1959年にチベット反乱が勃発して[ 7. ]がインドに亡命すると,59~62年に中印国境紛争が起き,現在に至ってもインドと中国の対立は続いている。
(1)1950年に中ソ間で結ばれた軍事同盟である[ 8. ]は60年代の中ソ対立のもとで有名無実化し,80年に破棄された。(2)1989年にソ連の[ 9. ]書記長が訪中し,中ソ関係は正常化した。