XII-44. 中華人民共和国の内政(4)-1990年代以降-

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1989年におきたは,ソ連の書記長が訪中していた時期と重なったこともあり,国際的な関心を集めた。西側諸国は経済制裁を加えたが,中華人民共和国は(東南アジア諸国連合)諸国や韓国などと関係を改善させて国際社会での存在感を高めていった。1997年にイギリスからが,99年にはポルトガルからが返還された。97年に鄧小平が死ぬと,が最高指導者となり,2002年からは,12年からが最高指導者となった。急速な経済成長を実現し,2010年には国内総生産(GDP)で日本を抜いて世界第二の経済大国となったが,一人当たりのGDPでは発展途上国に分類されている。また,格差や高齢化の問題を抱えており,チベット自治区や新疆ウイグル自治区では,民族対立が激化して暴動も発生している。
チェック:(1)イギリスは,1842年ので[ 4 ]を,1860年ので九竜半島南部を領有した。国際法の上では,1997年に返還義務が発生するのは1898年に租借した新界のみであったが,イギリスは[ 4 ]を含めた全域を返還した。(2)中華人民共和国は,[ 4 ]返還に際し,50年間は高度な自治と資本主義体制を認める「一国二制度」をとるとしていたが,中国共産党は最近,この約束を無視し,[ 4 ]への統制を強めている。