XII-42. 中華人民共和国の内政(2)-毛沢東の復権-
0 / 10 件の答えを表示中
1959年に国家主席についた[ 1. ]は急進的な社会主義建設を緩和する政策をとったが,党主席にとどまっていた[ 2. ]はこれに反発し,復権をねらった。[ 2 ]と軍指導者[ 3. ]は,[ 1 ]と[ 4. ]らを資本主義の道を歩む「走資派」あるいは政権の中枢にいる「[ 5. ]」と呼んで非難し,[ 2 ]に忠誠を誓う学生・青年たち([ 6. ])を動員した権力闘争を[ 7. ]年から開始した。これを[ 8. ]というが,[ 6 ]の過激な運動により,社会は大混乱に陥り,多くの党幹部・知識人が迫害を受け,[ 1 ]らは失脚した。1971年に[ 2 ]の後継者とみられていた[ 3 ]が失脚し,76年に首相の[ 9. ]が,その後[ 2 ]が死去すると,華国鋒(かこくほう)首相が[ 2 ]夫人の江青らを中心とする[ 8 ]推進派の「[ 10. ]」を逮捕して,77年に[ 8 ]は終結した。
[ 3 ]は,1971年に毛沢東に対するクーデタに失敗して失脚し,逃走中に墜落事故でなくなったといわれる。