XII-41. 中華人民共和国の内政(1)-毛沢東のつまずき-

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1950年代に中華人民共和国は,諸党派との連合体制から共産党一党独裁体制へと移行した。50年,地主から土地を没収して,農民に土地を分配する土地改革が実施された。しかし,53年からの第1次では一転して農民の土地所有権を否定して農業の集団化を図り,さらにソ連の援助を得て重工業化を進めた。58年からの第2次[ 1 ]で,国家と党の主席を兼ねていたは急激な社会主義建設を目指す政策を指示し,生産組織と行政組織を統合したを農村に設立した。しかし,無理な政策と59年からの凶作により,数千万人に達するといわれる餓死者が出て,第2次[ 1 ]は途中で放棄され,[ 3 ]政策は失敗に終わった。[ 2 ]は国家主席の座をに譲り,[ 5 ]は重工業化のペースを落とし,農民の私有地を増やす調整政策を進めた。
check_icon6(1)1956年のによるスターリン批判から中ソ論争が始まっており,ソ連が援助を停止したことも第2次[ 1 ]が失敗した原因の一つである。(2)[ 2 ]は,党主席の地位は譲っていないことに注意。