XII-40. 二つの中国
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大戦後に再開された国共内戦の戦局は共産党に有利となり,1949年,共産党は国民党と距離を置く勢力とともに人民政治協商会議を開催した上で,10月に[ 1. ]の成立を宣言し,首都を[ 2. ]に定めた。[ 3. ]を主席とし,[ 4. ]が首相に就任した。ソ連などの社会主義諸国は[ 1 ]を直ちに承認し,50年には軍事同盟である[ 5. ]が結ばれた。一方,内戦に敗れて台湾に逃れた国民党率いる[ 6. ]はアメリカを中心とする西側諸国に支持され,[ 7. ]年に国連の代表権が[ 1 ]に代わるまで安全保障理事会の常任理事国であった。こうして,大陸の[ 2 ]と台湾の台北(タイペイ)に二つの中国政府が存在することになり,現在もこの状態は続いている。
(1)日本の敗戦後,台湾は[ 6 ]の統治下に置かれることになったが,大陸からやって来た警官と台湾人のタバコ売りとのトラブルから,台湾人(本省人)による大陸人(外省人)への反乱である二・二八事件が1947年に発生した。(2)香港を領有していたイギリスは,西側諸国としては例外的に早く1950年に[ 1 ]を承認した。その他の西側主要国では,64年にフランス(参照:VIII-31),72年に日本が承認し,同72年にアメリカも[ 8. ]訪中で事実上承認した(参照VIII-19)。