XII-37. 日中戦争(1)
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[ 1. ]年7月7日に北平(北京)郊外の[ 2. ]付近で日中両軍が衝突し([ 2 ]事件),これをきっかけに宣戦布告のないまま日中戦争が勃発した。9月には第2次国共合作が成立したが,12月に日本軍は国民政府の首都[ 3. ]を占領した。真相は明らかになっていないが,この際日本軍は捕虜などを殺したとされる([ 3 ]事件)。[ 4. ]率いる国民政府は,まず武漢に逃れ,その後[ 5. ]に移転した。日本は,主要都市と鉄道を占領し,占領地に親日政権を作り,1940年には国民政府の要人である[ 6. ]を首班とする政府を[ 3 ]に建て,それらを統合した。しかし,広大な農村地帯は支配しきれなかった。
(1)北平(北京)郊外に日本軍が駐屯していたのは,1901年に結ばれた義和団事件の講和である[ 7. ]の北京駐兵権による。(2)当時の日本では,「日中戦争」という語は用いず,「支那(しな)事変」と呼んでいた。中国側も「戦争」の語は用いず,「事変」という語を用いていた。この背景には,1935年に制定されたアメリカの国内法である中立法が交戦国への武器や軍需物資の輸出を禁じていたことがある。