XII-31. 1920年代の中国-国共合作-

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1919・20年の二度,ソヴィエト=ロシアは外務人民委員代理カラハンの名で,帝政ロシアが中国と結んだ不平等条約を撤廃することを宣言し,中国各界に大きな反響を呼び起こした。1923年,国民党指導者のは,ソ連外交官のヨッフェと会談して情勢を分析した結果,北方のに対抗するためには共産党との提携が必要であると感じた。そこで,[ 1 ]はソ連の援助と顧問を受け入れ,年の国民党第1回全国代表大会(一全大会)において,「」の方針を掲げ,共産党員が個人の資格で入党することを認めた。これを第1次という。1925年,[ 1 ]が病死すると,士官養成が目的で設立された黄埔(こうほ)軍官学校の校長であったが力を伸ばしていった。