XII-13. アロー戦争・太平天国後の変化

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太平天国の動乱は,清朝政府や,八旗・という正規軍の無力ぶりを明るみに出し,反乱鎮圧に活躍した曾国藩・・左宗棠(さそうとう)らの漢人官僚が政治の中枢に進出するきっかけとなった。反乱鎮圧後の地方秩序の回復も,地方に居住する科挙合格者や退職した官僚経験者であるが主導した。反乱鎮圧後は,帝(位1861~75)のもと,内外ともに一時的な安定がもたらされたので,この時期を[ 4 ]の中興と呼ぶ。曾国藩らの漢人官僚は,富国強兵をめざして,西洋の軍事・技術を導入しようとするを行った。これにより,兵器・紡績・造船などの工場が建設され,鉄道の敷設(ふせつ)や鉱山開発などが行われ,また洋式軍隊が編成された。しかしこの運動は,儒教に基づく中国の伝統的な価値観を維持しつつ,西洋の科学技術を利用するという「」の立場に立つもので,国家や社会の制度を根本的に変革しようとするものではなかった。