XIII-6. 第一次世界大戦時におけるオスマン帝国
0 / 7 件の答えを表示中
1911年,ドイツが[ 1. ]港に軍艦を派遣して,第2次[ 2. ]事件が発生した。独仏関係が悪化したすきに乗じて,同年,イタリアはオスマン帝国に宣戦し,[ 3. ]・キレナイカを獲得し(イタリア=トルコ戦争),古名の[ 4. ]と改名して植民地とした。さらにイタリア=トルコ戦争に乗じて,ロシアの後押しでセルビア・モンテネグロ・[ 5. ]・ギリシア4カ国が結成していた[ 6. ]同盟がオスマン帝国を攻撃して[ 6 ]半島のオスマン帝国領土の大半を奪った(第1次[ 6 ]戦争)。しかし,領土配分をめぐり[ 6 ]同盟は分裂し,今度は[ 5 ]がオスマン帝国を含む諸国に攻撃されて大敗した(第2次[ 6 ]戦争)。この結果,[ 6 ]半島の領土を失ったオスマン帝国と,第2次[ 6 ]戦争で敗れた[ 5 ]はドイツ・オーストリアに接近して,第一次世界大戦では[ 7. ]側に立ち参戦して敗北した。