XIII-26. 第2次中東戦争
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[ 1. ](1948~49)に敗北したエジプトでは,親英路線をとる[ 2. ]朝の王政の腐敗に対する不満が高まっていた。1952年,軍部内の改革派が組織した[ 3. ]が革命を起こし(エジプト革命),53年に国王を追放して共和国を樹立した。その後,[ 3 ]の名目的団長であったナギブを失脚させて[ 4. ]が政権を握った。[ 4 ]は経済開発のために[ 5. ]の建設をめざしたが,[ 4 ]がソ連に接近する姿勢がアメリカ・イギリスの反発を買い,両国はエジプトへの経済援助を停止した。[ 4 ]は[ 5 ]の建設資金を確保するために[ 6. ]の国有化を宣言した。これに対し,[ 7. ]年,イギリス・[ 8. ]・イスラエル3国がエジプトに侵攻し,[ 9. ]が勃発した。この軍事行動は,アメリカ・ソ連を含む国際世論の批判を招き,3国は撤退した。これ以降,[ 4 ]はアラブ民族主義の英雄となり,アラブ世界の指導的地位に立った。
(1)エジプト革命では,土地改革などの社会改革が行われた。(2)[ 9 ]が起きた[ 7 ]年の同時期,[ 10. ]における反ソ暴動に対し,ソ連軍が軍事介入した[ 10 ]事件が起きていた。