XIII-22. 英仏によるエジプトの植民地化
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第2次エジプト=トルコ戦争の収拾のために開かれた[ 1. ]でムハンマド=アリーはエジプト・スーダンの支配権を得たが,一方では関税自主権を失い,列強の治外法権を認める不平等条約を結ばされて西欧列強への経済的従属が強まった。[ 2. ]年にフランス人[ 3. ]によって開削された[ 4. ]建設資本の約半分をエジプトが引き受けたため,エジプトの国家財政は圧迫された。しかし,1861年に勃発したアメリカの[ 5. ]によってアメリカ綿花にかわりエジプト綿花の需要が高まっていた時期は国家財政の破綻を免れていたが,[ 5 ]が終わってアメリカ綿花が輸出されるようになると綿花価格が下落してエジプト国家財政は破綻した。この結果,エジプトは[ 6. ]年にエジプト所有の[ 4 ]株をイギリスに売却した。しかし,76年にエジプトの国家財政はイギリスとフランスの管理下に置かれるようになった。
[ 2 ]年にアメリカでは,大陸横断鉄道が開通した。