XIII-18. ムハンマド=アリー朝の成立
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1517年にオスマン帝国の[ 1. ]が[ 2. ]朝を滅ぼしたのちエジプトはオスマン帝国の属州となったが,17世紀になると徴税請負権を握った軍人奴隷である[ 2 ]が,社会の特権階級として政治の実権を握った。19世紀にエジプトをめぐる状況が変わった。1798年にナポレオンがエジプトに侵攻したが,オスマン帝国はイギリス軍と結んでフランス軍を撃退した。この混乱に乗じて,傭兵隊を率いていたアルバニア人の[ 3. ]が民衆の支持を得て1805年に実権を握り,オスマン帝国もこれを認め総督に任命した結果,[ 3 ]朝が成立した。[ 3 ]は計略を用いて[ 2 ]を虐殺し,徴兵制を導入して西欧式の軍隊を組織した。[ 3 ]は検地を実施して徴税請負制を廃止して農地への直接課税を行い,近代的工場を建設する一方,綿花などの商品作物の作付けを強制して国家独占の下で輸出するなど,富国強兵・殖産興業政策を推進した。
ナポレオンのエジプト遠征の際に,[ 4. ]が発見された。