XIII-15. 第一次世界大戦におけるアラブ地域
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第一次世界大戦においてイギリスは,オスマン帝国からの独立を求めるアラブ人が反旗を翻すように接触し,1915年にメッカの太守[ 1. ]に対して,オスマン帝国への反乱を条件にアラブ国家の独立を認めた([ 1 ]・[ 2. ]協定)。1916年,[ 1 ]はアラビア半島西岸にヒジャーズ王国を建てた。しかし,戦後[ 1 ]・[ 2 ]協定は無視されて,アラブ地域は英仏の[ 3. ]として分割された。フランスは[ 4. ]・レバノンを統治し,イギリスはアラブ人を懐柔するために[ 1 ]の2人の子を[ 5. ]とトランスヨルダンで王位につけ,また[ 6. ]運動におされパレスチナをヨルダンから分離してユダヤ人の入植を認めた。これら委任統治下で形成された国は,パレスチナを除いて,1930年代から40年代に独立した。
(1)[ 1 ]は,預言者[ 7. ]の家系に当たるハーシム家出身である。(2)イギリスはアラブ人と[ 1 ]・[ 2 ]協定を結ぶ一方,1916年に英仏露で[ 8. ]を締結し,さらにユダヤ人に対し[ 9. ]を出した。(3)レバノンはキリスト教徒が4割ほどを占めている地域であり,フランスにとって統治しやすい地域であったためシリアから分離された。