XIII-10. 19世紀イランにおける民族運動

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19世紀半ばの朝下のイランでは,列強の干渉や政治混乱を背景に,イスラーム教シーア派から生まれた,独自の教義をもつ新宗教である教が誕生し,農民や中小商人の間に広まった。1848年,社会改革を唱える[ 2 ]教徒は武装蜂起したが,まもなく政府軍によって鎮圧された。19世紀半ば以降,[ 1 ]朝は近代化のための改革を試みたが失敗に終わり,70年代に財政が破綻した。その結果,様々な利権をイギリスとロシアに譲渡した。1890年にタバコ販売の利権がイギリスの会社に与えられると,商人による反対運動が起きた。これを受けて,パン=イスラーム主義を唱えたがウラマーの指導者に抗議運動をうながした結果,1891~92年にが展開された。92年に国王は利権の供与を取り消したが,多額の違約金支払いをイギリスなどからの借款に頼ったため,イギリスへの従属が深まる結果に終わった。
check_icon6(1)ウラマーとは,イスラームの学者や宗教的指導者層を指す。(2)[ 1 ]教徒の乱が起きた1848年にヨーロッパでは,フランスで,ドイツでが勃発した。