XIV-7. インド国民会議
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イギリスの植民地支配のもとで,西欧教育を受けた弁護士や技術者・官僚などのエリート層が形成され,民族資本も成長した。イギリスは,インド人エリートを植民地支配の協力者として利用しようとして,1885年,[ 1. ]にインド人有力者を集めて,インド人の諮問機関として[ 2. ]を発足させた。当初,[ 2 ]はイギリスに協調的な穏健な組織だったが,19世紀末に急進的な[ 3. ]らが台頭すると,反英的な民族運動組織へと変わっていった。
(1)インド人エリート層の中には,夫に先立たれた妻が夫の火葬の火で生きながら一緒に焼かれる[ 4. ](寡婦殉死)に対する反対運動を行ったラーム=モーハン=ローイ(1772/74~1833)などもいた。(2)[ 2 ]はのちに政治結社として,国民会議派と呼ばれるようになった。