XIV-38. インドネシアの植民地化

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大航海時代にオランダは貿易の独占をめざしたが,17世紀末になると「生活革命」(参照:IV-89)によって需要が増大したコーヒーや砂糖などの生産地で領土を拡大する政策に転じた。オランダは,1755年にジャワ島の中部から東部を支配していた王国を滅ぼし,ジャワ島の大半を支配下に置いた。オランダの支配に対し,(1825-30)と呼ばれるイスラーム諸侯の反乱が発生した。オランダは反乱鎮圧には成功したが,本国の財政が悪化したため,東インド総督ファン=デン=ボスがジャワ島を中心にコーヒー・サトウキビなどの商品作物を一方的に安い価格で買い上げるを実施し,大きな利益を得た。オランダはスマトラ島でも領土を拡大し,20世紀初めにスマトラ島の北端にあった王国を滅ぼし,ほぼ現在のインドネシアにあたる地域を植民地とした。
check_icon6(1)1830年にフランスで起きたの影響でがオランダから独立したことも,オランダの財政を悪化させた要因の一つであった。(2)[ 5 ]では,[ 5 ]戦争(1873-1912)後もゲリラ闘争が続いた。第二次世界大戦後にインドネシア共和国が独立したのちも,[ 5 ]では分離・独立運動がおこり,特別州として自治権を獲得した。