XIV-36. マレーシアの植民地化
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イギリスは,18世紀末からマレー半島に進出し,1786年にマラッカ海峡北部の[ 1. ]をイスラーム王国からの割譲により獲得し,さらにナポレオン戦争中にオランダから[ 2. ]を奪い,ジャワ島を一時占領した。1819年にマレー半島の先端にある[ 3. ]を領有したイギリスは,1824年にイギリス=オランダ協定を結び,オランダに[ 2 ]海峡の西と南の支配を認めるかわりにマレー半島の支配を認めさせた。26年,イギリスは[ 1 ]・[ 2 ]・[ 3 ]をあわせて[ 4. ]を成立させた。イギリスは,缶詰用のブリキ産業が勃興したことで需要が増大した[ 5. ]鉱山を開発しながら,マレー半島の支配地域を広げ,1895年には[ 6. ]を成立させた。20世紀に入ると自動車生産で需要が増大したことを背景に,マレー半島では[ 7. ]が発達した。[ 5 ]鉱山の労働力として中国出身の[ 8. ]が移住し,また[ 7 ]の労働力としてインド出身の[ 9. ]が移住した結果,マレー半島は複雑な民族社会が形成された。
[ 10. ](カリマンタン)島については,北部はイギリスの,南部はオランダの植民地とされた。